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シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

言葉と運動のあいだ

学生実習がおわった。Dutyがおわったということで、自分の仕事にもどった。まず、自分の実験セットを組みなおしている。あたらしく組みなおす作業は、あたらしい部屋のレイアウトを考える作業に似ていて楽しい。ラックの中にどうやってアンプや刺激装置、オシロスコープ、工作ユニット、コンピュータを配置しようか。使いやすい配置を、実験する自分を想像しながらすすめていく。


シンプルさ、使いやすさ、実験デザインそのものも考える。ブロックをつみあげていく。研究の緻密さというのは、こういう基礎的な部分から求められる。優秀なサイエンティストは、例外なく「自分で」まったくあたらしい道具をつくりだし、われわれの世界観を押しひろげてきた。


そういえば、ある優秀な留学生の送別会があった。近くの居酒屋でのんだあと、数年ぶりくらいにカラオケにいった。彼とは短かいあいだではあったが、彼の優秀さを知るには十分だった。彼は中国語、英語、日本語を使える。今度カロリンスカにいって、スウェーデン語も使いこなすことだろう。


カラオケにいって言葉と運動のあいだみたいなことを考えた。言葉というのは、あらゆる運動系を介して発現する。人間なら目で語ることもできれば、足で砂浜にはかないメッセージを残こすこともできる。ある共通の表象が、どういう経路とメカニズムを介して発現するのだろう?そもそもの共通の表象なるものなんてあるのか?あるとしたら、どういうメカニズムで表現されるのだろう?


まずは問題を単純化する必要がある。この場合だと、ある共通の表象があるか?それが異なる運動系に「同じ」意味、あるいは「異なる」意味をもつ行動として発現するか?それを支える原理が、異なる生物で共通か、固有か?比較的単純な動物で、こうした問題に取り組んでいきたいと考えている。