シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

コントロールしたいと思うのはなぜか?((ということを考えるようになったのはなぜか?))

僕は運動制御ということに執着をもっている。小さい頃から水泳をやっていて、「同じトレーニングメニューなのになぜ速く泳げるやつとそうでないやつがいるのだろう?」という思いが原体験になっている。これが今やっている運動制御にかんする研究の問いにつながろうとは思いもしなかった。


ところで、制御とはいっても、どちらかというと工学的関心ではなくて、生物学的関心をもっている。“なぜ生き物は物事をコントロールするのか?”という問題だ。こういう問題を生物学ではふたつの問いに分けて考えることがある。

  • “どうやってコントロールするのか?”というメカニズムに対する問いと、
  • “コントロールするようになったのはなぜか?”という進化的問いだ。


これを生物学では「至近要因・究極要因を問う」と言ったりもする。現在の研究状況ではぜんぜん究極要因に対する答えまで及んでいない。生理学としてメカニズムを問うている。それで研究はいっぱいいっぱいだが、ほんとうは動物が文字通り“動く物”として世界の物事を動かして行くメニズムから発展して“どうしてそういうことをするようになったか?”が知りたいと思っている。本気でその問題を考えるためには、さまざまな動物どうしでそのメカニズムがどう違うのか、環境・遺伝、その他さまざまな要因を探求し、徹底的に“比較”する必要がある。そういうある種の思想の基に比較ナントカ学という学問が展開されているわけだ。現実には専門的たこつぼ状態になっていることもあるが。


その問いかけの矛先を自分に戻すと、「どうしてそんなことを考えるようになったのか?」になる。答えは、“水泳をやっていたから”。水中という普段と異なる環境でのトレーニングを通して、ある者はオリンピックという舞台で活躍するようになる。で、僕は、どこからかそういうまっとうな水泳人生からはずれて、そして動物研究でもマイナーなほうの無脊椎動物の運動制御を問うようになった。極端かもしれないが、こういうふうにまとめられる。

  • 動物は動く物である。
  • 動かすのは筋肉である。
  • 筋肉を動かすのは神経である。
  • では、神経を動かすのは何か?
  • そして、究極要因、“なぜそうするようになったのか?”


水泳を通して問題をここまで一般化してしまえば、もうなんでもアリだ。言語の問題も哲学の問題も人生の諸問題も僕にとっては運動制御の問題になる。しかも、目の前のザリガニが答えてくれそうだと思うと楽しくて仕方ない。