シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

面白しはおもしろし

前エントリーで「面白い」て何だろうということを考えた。僕は実験科学の世界に席を置いているので、とくに科学的事実としての面白さに関する疑問を持っている。ひとことで言ってしまえば

そもそも面白い事実というのは予想が難しい驚きである

「面白い」て何だろうか - かつむし日記

と思っているのだが、科学的事実と面白さについてつらつらと。


ポアンカレが「科学の価値」の中で事実に対する言及の仕方として次のような例を挙げている。

  1. 「暗い」と無学な人は言う。
  2. 「日食は9時に起こった」と天文学者は言う。
  3. 「日食はニュートンの法則によって作られた表から導きうる時間に起こった」と天文学者はさらに言う。
  4. 最後に「これは地球が太陽のまわりを回転することによるのだ」とガリレイは言う。

実際にはこれ以外にもいくらでも言い方がありうる。最初の暗いということが生の事実だとしてこれを翻訳したものが科学的事実である。面白さというのはこの“翻訳”がいかに行われるかというところに生じると言ってよいと思う。


翻訳というのはつまり言い換えである。同じことを別のルールにのっとった言い方で言い換えてみて、うまく行くようだとそのルールは法則ということになる。よりシンプルで美しいルールが見つかるならば、ルールは取って代わる。


科学的事実というものは、背後にある法則をもとに事実を表現し直したものということになる。これが"表現”であるかぎり、そこには“面白さ”“美しさ”“単純さ”などの価値評価が含まれることになる。「あれ、科学って事実を客観的に偏見なく調べることでないの?」という疑問がわいてくるかもしれない。


たしかに、そうでなくてはいけない。個人の趣味では困る。「僕には美しいんだ!」といいながらまずいところを直さないでよりよくしようという努力がなくては、それまでである。


だが、科学での価値評価は実はメタ価値評価とでもいえるものなのだ。"面白さ”というのは、背後に規定されているルールに対しての評価である。周転円を重ねてしまうよりは楕円軌道を考えた方がシンプルで美しいケプラーの法則が支持されているわけだ。


そういえば“面白し”とは、顔面が白くなること、見通しがよくなって、ぱぁっと光が差し込むこと。面白いということは同時に美しい。


一方で、そういった面白さは驚きであるというけれども、「期待通りの面白さもあるよね」という話もある。

期待通りの展開であることに対する満足度が「面白さ」である場合もある。「待ってました」は伝統芸能の「面白さ」である。

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これはたしかにある。でもこれは“驚きをあえて驚く”ということではないかな。つまらないことを繰り返されてもつまらないように、驚きは繰り返されても驚くという不思議。思うに、生物は“あえて”いろいろなことをする。僕はこの生物のもつ“あえて”という性質に興味が会って研究しているが、これは別の話。

面白いと思うためには毎日の研鑽を怠ってはいけないなと思う。