シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

仕事とは?

科学研究の場での仕事の意義についてよく考える。
どう生き抜いて行くかということを考えると
いつもこの問題にたどりついてしまう。
仕事ってなんなの?
どのような仕事が望ましいの?

初回は見逃したので再放送を見た。
上のレビューがかなり質が高いので我田引水レポートを書いてみる。

問題なのは、“学習と仕事の関係をどうやってしっかり結びつけるか?”だ。

きわめつけは、
母子家庭や低学歴の人を教育訓練するプログラムによって、
実験の技術サポートができるように支援していることだった。
クリスチャン・ブルエットさんという37歳のシングルマザーが紹介されていた。

これは「教育プログラムから仕事へ」がちゃんと機能している成功例だった。
高校程度の学力があれば、
優位な産業(ここではバイオテクノロジー)での仕事につなげる学習が出来る。


その他さまざまな重要な指摘があった。
で、学習と仕事の関係はどうあるべきか。


そもそも学習と仕事の関係の歪曲がワーキングプアの問題だ。
このつながりをねじ曲げたのは市場原理主義であり学歴社会、資格社会だ。
あることを成すのにはライセンスが必要でそのライセンスには価格がつく。
ライセンスに社会での凸凹した必要性を満たす多様性があれば救われるはずが、
あるのは画一性だ。
みなが同じものを欲望した。
他人の欲望を欲望する形で、どんどんフラット化してしまったわけだ。

もちろん、局所に最適化されたルールというのは部分最適であって、
必ずしも全体最適ではない。
ですからフラット化によって全体に対する視点が生まれること自体は
悪いことではありません。

しかし同時に、「一律のルール」が全体最適を意味しないことも確かです。

2007-12-05 - 赤の女王とお茶を

全体がどうやればハッピーになるかというのはとても難しい問題で
一研究者見習いには少々“資格不足”だが、
どうすればよいか素直に考えれば、
学ぶことと仕事をつなげるということに尽きると思う。
全か無かの法則でつなげるのではなく、
仕事の階層をうまく設計し、
それに対して何を学ぶべきかを設計しないといけない。
それによって段階的な学習と仕事の階段が出来る。
問題は、その“うまく設計する展望”である。


僕はこの“うまい設計”は生物に学ぶべきだと思っている。
僕には筋肉の無酸素と有酸素運動のハイブリッド構成は
プリウスの設計の原型に見える。
動物の目はカメラの原型に見える。
分散処理系である昆虫の神経系は
グリッドコンピューティングの原型に見える。


生物は長い時間をかけて進化してきた。
駄目な設計に生き残る道はない。

地に根を下ろし 風と共に生きよう 

種と共に冬を超え 鳥と共に春を歌おう

「どんなに恐ろしい武器を持っても、
たくさんのかわいそうなロボットを操っても、
人は、土から離れては生きられないのよ」

環境に適した解決策を学習と仕事ということにおいても考えないといけない。
かといって、何億年もかけて良い方法を見つけ出すわけにもいかない。
今いる環境においてどう生きればよいか。
またこの問いに戻ってきてしまった。
というわけで誰も買わないだろうがアフィリエイト

動物生理学―環境への適応

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