シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

ではどうすればよいの?

我々はいつもこの問いかけに悩んでいる。占い師が「今どうすればいいか、悩んでいますね。人間関係で。」といえば、当たるくらいみんな悩んでいる。ただ、はてな村にはそれを思い悩むのではなくちゃんと考えられる人というのがいる。そういう人たちは大抵ホットエントリーを書き続ける人たちだ。


彼らの文章の何がすぐれているのか?
このことを考えれば思い悩むことと考えることの違いが分かるのではないか?


彼らが示す文章は、ある種のフレームワークなのだ。それがしっかりしていればしっかりしているほど叩きやすいし逆に賛同もしやすい。なぜならば、それが使いやすいからだ。ちゃんと使える基盤を用意してくれている。その上で、あーだ、こーだと言い合える“環境”を用意してくれているのだ。


もともとそういう能力が高いのに、わざとそうしないでいるような優れた書き手もいる。はてなのそうした装置の機構を理解して逆手にとっているような書き手だ。わざと読みにくいような文章を書いたりだらだらと書いたり、難しい専門用語を使ってほのめかしたり。こういう人は“分る人には分る”すごい書き手なのだと思う。あまりブックマークされたりスターがつけられたりしないが、継続して読まれるような、そんな書き手なのだ。


こうした、考える基盤を皆に用意してくれるような文章はレトリックが優れている。レトリックがあるけど使わないよ、君が考えやすいようにはわざと書かないよという人もいるけれども。そして、何も書かないよ、ここでは。リアルでその能力を使いたいからね、という人も。


たかがレトリック、そんな虚飾にこだわってどうするとか言う人は、考えられない人だ。考えるということは、そもそも形式を整えることを言う。アジテーションにもうまいものはちゃんとしたアジテーションの形式がある。すぐれたエッセイの形式がある。すぐれたプログラムにもすぐれた形式、スタイルがある。


僕がこのブログのタイトルを“はてなに学ぶ”としたのは、こういう人たちが多いなぁ、こういう人たちから学びたいなぁと思ったからというのが大きい。ま、ダイアリーのようで、情報の遊び場として使っているんだけど。ということで、みんな、情報ゲームを楽しもう!子供の頃遊びながらいろんなことを学んだように!