シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

分裂したいわけがない

久しぶりのフロムダスクティルドーンさんのエントリがはてな村の話題になっている。


本筋とはずれるが、生命の本質という意味で福岡氏の「生物と無生物のあいだ」の“動的平衡”という言葉を引き合いに出して、こうおっしゃっている。

生命体が「流れ」そのものであるように、
いろんな思考、アイデア、感情、感覚、欲望が常に入れ替わり、
移ろいゆき、「流れ」として自分の精神を形作っている。
それは動的平衡を保つという形でのみ「自分」を形成しており、どこかに
固定化された静的な「自分」などというものがあるわけではない。

「好きを貫く」よりも、もっと気分よく生きる方法 - 分裂勘違い君劇場

ここからステーキばっかり食うなとい話に跳ぶのだが、それはそれでもいいとして、生物は分裂したいというよりもむしろ逆に外乱から守るかたちで自分を固定化する努力をして平衡状態を保っている。僕はこのエントリーは外乱だと思っていないので悪しからず。


ただ、生理学を専攻している身としてはこの動的平衡という言葉はどうも納得がいかない。すでに“Homeostasis”という言葉があるからだ。中学生の理科の教科書にも出ているくらいだから、ほこりをかぶっててインパクトが少ないが、そのくらい生理学のほんの基礎的な概念なのだ。


この言葉の歴史について簡単に紹介すると、19世紀に*1Claude Bernardによって"milieu interieur"すなわち内部環境というものの重要性が指摘された。その後1900年台初頭にWalter Cannonがこの考えを拡張して1929年に"homeostasis"と名づけた。日本語では恒常性と訳される。

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どうやって恒常性を保つかというのは、それこそ様々なシステムレベルで考えないといけない超難問だ。だが簡単にいってしまえば、フィードバックされる入力に対する自ら起こす出力によって制御すると考えるのが一般的だ。こういう部分を取り出して実用化した一番分かりやすい例はサーモスタットだ。


ただ、生物は単に外乱に対してのみ自らを固定化するのみならず、自ら行う出力の結果から引き起こされる入力に対して予測性のフィードフォワードな信号を用いて自らを制御する。ここが機械と違うところだと考えている。実際、フィードフォワードモデルの話は神経科学のホットな話題だ*2


脱線したが、何が言いたいかというと、流れながら自らを保つためには、どんどん流れるとか手を広げるのではなくて、むしろ外乱には乱されぬように自らを保とうと努力すべきなのだ*3。実際、彼のネットのスタープレイヤーたちは多くの外乱に対してそういう努力をし、そして強い。その辺を見習うべきなのだなと思う。

*1:シェーンハイマーよりももっと昔!

*2:キーワードだけ挙げるとcorollary dischargeとかefferencce copyの話。

*3:ここがid:umedamochio氏の個の考え方に通じると思う。