シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

強いということ

人生は、勉強の連続だ。勉強、、「勉める」に「強いる」か、、ん、待てよ、「強」という字は「強い」ということだから、強くなるのに勉めるでもいいな。つまり、勉強は強くなることに勉める、努力するということだ。


「強い」・・・この言葉は、以前、怒号が飛びかったスイミングスクール時代に聞いたもっとも評価の高い誉め言葉だった。泳ぎのための天性の素質、うまさだけでは、けっして「強い選手」とは言われなかった。また、単に体力がある、筋力があるというだけでもけっして「強い選手」とは呼ばれなかった。ある種の賢さも求められていた。泳ぎもただ泳げばいいというものではない。常にいい泳ぎを目指して、疲れない頭を持つことも重要だった。


何かを学ぶということは、試行錯誤を繰り返すことだが、疲れない頭を持っていなければ、何も得られないでエネルギーを使ってしまうだけに終わる。


我々は、よく生きるには、どうすればよいだろうかと問う。だが、問いかけかたを変えよう。これから、何かをしようとしている。それで「強くなれるかどうか」が、その何かをするかどうかを決める第一条件だ。よく生きようとしても強くなれるとは限らないが、強い人間は弱い人間より、よく生きている。強くなることだ。何かをしないことも強さである。本当に強い人は、もう何もしないでも、ただいるだけで、強い*1。つまり、学ばないこともひとつの勉強である。

*1:荘子風に。