シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパッチン研究者の記録

博士と研究

はてな界隈で博士課程にいる人、または博士をとった人、取ろうかなと思っている人がけっこういる。また、そういう学術的な世界に興味を持っておられる方も多いのだろう。そして問題は"どうやったら博士号がとれるの?"とか"博士号がとれたら何ができるの?"ということに興味がおおかた集中している。

博士号は研究成果に対して与えられる。成果とは要するに論文だ。だから、修了条件は"論文として掲載"ということになる。よって「博士研究とは、論文が書けるように、掲載されるように行う」。実に明解だ。

だが、おそらくほんとうの世間的な興味は、"博士号はハック*1できるの?"ということにあるのではないだろうか。できる。いや、しないといけない。多くの偉大な研究者はハッキングして博士号をとり、そして、好きな研究に時間をまわそうとしている。研究するということが、仕事、つまりお金をもらう手段になった時点でそうならざるをえない。研究者は、そのためにダブルスタンダードどころか、トリプル、マルチスタンダードをも甘受せざるをえないだろう。

好きな言葉のひとつに「まじめになるとみじめになる」という言葉がある。あまりまじめに考えないことも必要な研究センスだろう。まじめなモード、カジュアルなモードくらいは少なくとも使いこなさないとね。本来の研究の面白さは、その自由さにある。どんな問題を考えてもいいという自由さだ。自由さは子供の遊びの自由さだ。博士をとることは、この面白さに比べたら、それこそ足の裏の米粒みたいなものだ。

ただ、どうしてもひとつの問題を考え続けると、"飽きてくる"。これは重大な問題だ。これは全ての研究者の重大な敵だろう。飽きない工夫ができないと、それこそ「なぜか妙に手間のかかる単位*2」となってしまうだろう。僕は水泳を25年続けている。研究は5年目だ。水泳のトレーニングのマンネリ対策の方が研究のマンネリ対策よりずっと難しい。

*1:いい意味でのハックである。邪悪なハッキングではないが、この能力は知的好奇心と不可分だ。

*2:> [http://d.hatena.ne.jp/tihara/20071003:title=学問の閉鎖性と「ポップリサーチ」。]