シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパチン研究者の記録

ネットではまだまだ実験できん

好奇心を満足させるためには、実験というのは必須である。観察して面白い現象があれば、それにちょっかいを出し、その後それが再現できるかどうか実験をする。これが、自然科学の王道なやり方で、要するにリアルをいかに再現できるか、そして拡張できるかということにつきる。ネットの方向性というのも、この科学的なやり方に沿っていると考えることができる。

ブログで何かを書くという行動が自分にとって何なのかということを考えていた。そうしてひとつの結論として、この"ネットを通した世界理解"とも言えるちょっと口に出すには、恥ずかしい目的に向かっているのだろうということに至った。とにかく理解したいのだ。こうやって何かネットで発言するということは、必ず誰かに言葉が届くということであり、もしかすると、誰かの行動を変化させることにつながる。それは、どんなに小さな発言であっても、できなかったときより、できるようになったということを大きな進歩というべきなんだろう。

そうして何が可能になるか。それは、はっきり言えば、言葉で誰かを操作するということであり、行動実験である。動物を使った実験をやっているせいかも。これを読んでいる人は気を悪くしないで欲しいなと思う。いや、読んでくれているだけで感謝する。それは、何らかの形で、あなたは、僕の言葉を脳の中で表示させ、どんなに小さかろうとあなたの行動に影響を与えるからだ。少なくともその可能性は否定できない。

そこで、現状はそうであるとして、僕が期待する可能性とは、人間以外のモノに直接働きかけるという可能性だ。今は単に遠く離れた家の電気をつけたり、あるいは消したりする程度でもかなりすごい技術として受け入れられるだろう。あるいは、ビデオカメラを操作したり、あるいは、先端に目を向ければ、ロボットを操作して火星の地表データを得るということかもしれない。自由にモノを操作したいという欲求は、誰にもあるはずで、そうでなければ、部屋にリモコンが増えるはずがない。

「フォースと共にあらんことを」
May the Force be with you!

と、こんな妄想全開を自由に展開できる、ということこそ、ネットの楽しさのひとつなのだ。いや、妄想でなくして、きっと50年後は考えもしないことが、操作(実験)できるようになっているはずだ。