シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパチン研究者の記録

生物の多様性を考える前に、あなたはいくつの生物と出会い、つき合っているか?

相手が人だろうが植物だろうが,名前を知ることで一対一の関係がはじまるわけだ.だから名前は重要なのだ.「名もない花」は一時の感動を与えるかもしれないが,長くつきあい多くを学ぶことは出来んのですよ.

ビューティフルネイムズ

感動しつつ、そう、たしかに自分がつき合っている生物の周辺しかあまり知らないことを痛感する。生物学が一般性を持たない博物学だと批判されることがある。分子生物学によって理論と実験の両輪で生物学も物理学のように発展しようとしているのに、ゲノム、プロテオームなどのオーム主義に陥り、また、博物学へ戻るのか?そういう批判である。正直、僕もそういう批判は分らないでもないでいる。
分子生物学によっても進化を論じるようになって、それらは当初、古い分類学を塗り替えるかと思われた。だが、詳細な形態を注意深い徹底的な観察によって得られてきた分類学の成果を、今は分子生物学が裏づける結果を出しつづけているという。それで、古いやり方だと批判されていた方法論の正統性が高まり、分類学や形態学の方々が自信を取り戻しつつあるのだ、そういう話を聞いた。
どんなに便利で一網打尽に解決してしまうようなツールがあったとしても、"人間の認識を離れては世界は分らない"。
そういう教育を受けた。
=>動物分類学の論理―多様性を認識する方法 (Natural History)
たぶん、この教育が僕にもある程度染みついたのだろうと思う。専門は生理学だけれども、どんな生物の何を研究するにしても、土台となっている分類学の蓄積なくしては何も言えないのだ。細胞の話で、生物学が全て語れるわけでもない。