シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパチン研究者の記録

意識の謎((タイトル負け。))

要するに、前とか後ろとかを見てとるものに、我々は意識とかそれの指す目的を見てとっている。だから、「感覚器官が集中している方を前」と定義できる*1。つまり、随意運動というのは、感覚刺激による反射運動を除いて、「感覚器官の集中している方へ向かう運動」だということになる。感覚とは無関係にある方へ向かう行動が随意行動といえる。そして、前後のはっきりした動物ほど「高等」だと言われる。神経系が前方に集中し(中枢化し)、多くの感覚器官からの入力を受け、外界の情報を捨てることなく、より受け入れようとしている、そんな動物を我々は高等という。実際は、どの動物が高等だとか言う意味は、ない。コンピュータの処理も並列分散処理の利点が重要視される。インプットをすべて集中させる方向から、それぞれで、小さい仕事は小さいシステムで処理させるほうが効率がいいからだ。下等とされる昆虫の戦略はまさにそのようなものだ。昆虫―驚異の微小脳 (中公新書)は、疑問点は個人的にはあるが、そんなようなことが書いてある。ちょっと話がそれた。
ところで、甲殻類は、分類学的には進化的には古く、そこから現在の甲殻類と昆虫類が進化した*2。甲殻類は、ある程度前方に中枢化がなされている。甲殻類でも簡潔な随意運動といえる自発性の行動をする。いわば、簡潔な原型としての意識と呼べるモノがある*3
参考記事:

これは要するに切断するとどうなるか、生理学で言ってしまえば、「破壊実験」。どこまで信用できるかは微妙。人間では実験できないが、甲殻類なら世間は許してくれる。オーストラリアはだめらしいが。日本では伊勢エビの活け造りとか食べる。

ちょっと違う話かもしれない。しばらく読めてないが、Libetの主張は、これとは違うのでは。もとのLibetの実験を見てみるのは、課題。準備電位は先に出るはず。これを無意識と言っているのか?どの時点からを意識とするかは、微妙な問題。

「意識」が主体的でないことの証拠として、前野氏は、アメリカの医学者リベットが1983年に発表した実験を援用する。リベットは「自分が意図して、自分の人差し指を曲げる」という行為について、(a)自分の心が「曲げよう!」と意図する時刻、(b)脳内に電流が流れる時刻、(c)実際に人差し指が曲がる時刻、という三つの時刻の前後関係を正確に測定した。その結果は、(b)の脳内電流が一番最初で、それから0.35秒遅れて、(a)の自分の意図が意識にのぼり、それから0.2秒ほど遅れて、(c)の指が曲がる。

『脳はなぜ心を作ったのか』(1) - charisの美学日誌

*1:[http://d.hatena.ne.jp/katsumushi/20070415/p2:title=前のエントリ]

*2:昆虫はflying crustaceanというらしい。

*3:完全に妄想のお話。