シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパチン研究者の記録

もう、好きなことはやってるのだから、わざわざ探さなくてもいい((もちろん、わざわざ探してしまう人はいるだろう。))

好きなことは、してしまっていることだ。振り返って、どういうことが好きらしいか考えるためには、自分がやってしまっていることを考えれば良い。

「好きなことをしろ」という人には胡散臭さを覚える。「好きなことをする」のは悪いことではないだろう。私だってそうだ。でも思うのは「好きなことをしろ」といわれてて「好きなことをしたい」と思っているときに壁があったら安易なほうへ逃げてしまわないか。つまり「本当に好きだったわけじゃない」というほうに逃げてしまわないか。

はてなダイアリー

それは安易な方向に流れてしまいたかったのだ。

好きなことは、もうしてしまっていることだ。ネットサーフィンもしてしまっている。ブログも書いてしまっている。人のあら探しもしてしまっている。

「何が好きなのか」という根源的な問いに答え続けようと努力することがまずあり、「好き」が見つかったと思ってもそれを極めていくのは時間がかかる

「好きを貫く」のはそんなに簡単なことではない。意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ。 - My Life Between Silicon Valley and Japan

この努力をしてしまえる人は、それが好きなのだ。そして、多くの場合、「努力」と表現するのは、その取り巻きなのだ。
もちろん、予期せぬ出来事が多いのが人生ではある。人生ゲームのように人生はサイコロでも決まっている。ゲームと違い、人生は一回で、否応がなしにそうなるもの。不遇を嘆いても、不遇を生きるしかない。その中で、やりたいように、好きなように、やってしまっているのである。
「やりたいことがない」というのは、嘘である。「やりたいことがない」という状態になりたいのである。