シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパチン研究者の記録

恐怖を喚起し、行動せよ

失う恐怖のほうが、得る期待より大きいとき、人は「行動する」。恐怖を心の中に産むために、思い出しうるかぎりの、屈辱感や敗北感を思い出せ。経験した場面を、情景とともに、匂い、音も含めて思い出せ。ひどいことを言われたときのことを思い出せ。僕が、中学のときに過労で失神するくらい、水泳のトレーニングができたのは、屈辱感を常に味わっていたからだ。優れたコーチは、そいつを喚起するのが、うまかった。
研究は、常に「この仕事は必要とされていないのではないか?」という恐怖を生む。「徒労に終わるのではないか?」という恐怖も生む。身近な人に「それ、何になるの?」と聞かれると、ますますその恐怖は増大する。「こんなことやってても意味ないんじゃないだろうか?」と。ここで、無理くりに「意味はあるに違いない」とか「何の意味もない」のどちらかに落ち着かせようとして、恐怖を取り除いてはいけないと思うのだ。「恐怖」は行動するためのエネルギーとなる。
「恐怖」を飼い慣らせ。
イエスは、罪の意識を喚起し、バイブルをもっとも多くの人間に読ませた。祟りを恐れる日本人が、菅原道真をまつった。見せしめで火あぶりの刑に処せられた科学者がいた。米ソの科学者、技術者は「相手がより強力な兵器を造ったら・・・」という「恐怖」から核兵器を造り出した。嘘ついたら、針千本飲まされるから、嘘はついてはいけない。なまはげがいなくなったら、日本に悪い子が増える。disりが、ネットを活生化する。「ダークサイドに落ちたくないだろ?」と言えば、PerlよりPythonを選ぶ人が増えるかもしれない...