シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパチン研究者の記録

心のどこかで蟲の報せを待っているのかもしれない

昨日駅前の紀伊之國屋でしばらく待っていた蟲師の8巻を見つけ、買って帰ってきた。かごにたくさん平積になっていたから、売れているのか、売りたいのか、たぶんその両方だろうが、映画にもなり、流行の漫画と言える。
この漫画は、それぞれだいたい独立のエピソードからなる。いつも不思議な現象が起きて、その背後には得体のしれない、無形の蟲があり、ギンコという蟲師が蟲とのやりとりを通して、各地の人々の問題と向いながら、蟲下しや、その他特有の方法によって解決していく。出てくる絵が古き良き日本の風景であり、心理描写も好きだ。ギンコはクールで、常に蟲と人に対して一定の距離を置く立ち位置にいる。ギンコの服装だけ周囲と違い現代的な印象を受けるが、そういう描写が効いているのだろう。

  • 人々
  • 取り巻く不思議な現象(背後に蟲)*1
  • 蟲師

という構図になる。蟲師は、医者のようでもあり、科学者のようでもあり、なにより、旅人だ。蟲を寄せつける性質をもっているために、定住できないという。どんな現象にも背後に蟲がいるという考え方は、汎神論的な考え方に通じるものがある。日本という、山、川、海に囲まれた土地ゆえにこういうストーリーが符合する。都会に出て来た人間が、こういうストーリーに癒されるという仕方でバランスをとっているように思う。

蟲師(8) (アフタヌーンKC)

蟲師(8) (アフタヌーンKC)

*1:ちょっとした因果関係のゆるさがある。こうしたアニミズム的世界観は、日本人になじみやすいのだろう。蟲とは違うが、日本語には、「虫の居どころが悪い」「虫の報せ」「虫のいい話」「蓼食う虫も好きずき」「苦虫をかみつぶす」など、いろいろ虫は身近な表現に登場する。都市化が進むと、こういった表現も少なくなるのだろうか。