シャコ・エビ日記

シャコパンチ、エビパチン研究者の記録

ごみを最近よく捨てる。ごみはもともと仏教用語だと、台湾からの留学生が教えてくれたことがあったが、ごみは人間というものを考えるのに好都合な材料ではないかと思う。五味、それこそ、人間の五感が受け入れるのに対応し、出されたものが五味なのか、と決め込んでみたりして、想像を巡らす。

インターネットでも大量のごみがあり、それらを掃除したり、処理したり、再利用したりするなんてことも立派な仕事になるなと思う。ブログなんかでユーザーが大量に情報を排出する時代になってきた。モノがごみに埋もれて行くように情報がどこでどう排出したのか分かりにくくなること多々ある。あれ、こんなこと書いたかなといったように。また、捨てちゃったけど、あれ、もう一回読みたい、とか、見たい、聞きたい、とか。

はてなのソーシャルブックマークなどはそういったものをできるだけ整理、活用しようという試みのひとつと言えるだろう。しかも、人気のある情報はできるだけ残るように工夫されている。

要するに、ネットのゴミ処理工場、リサイクル工場みたいなものがあってもいいんだろうなと思うわけだ。まぁ、しかし、現実のゴミとはひと味もふた味も異なるであろう、ネットのごみとはいったいいかなるものか。考えてみるかな。

(考え中)